AIっぽい文章は改行で変わる?DTPの仕事をしていた僕がChatGPT記事を直して気づいたこと

最近、ChatGPTにブログ記事を書いてもらっていて
ずっと気になることがありました。

文章は別に変じゃない。

僕の体験も入っている。
言っていることも、だいたい僕が話したこと。
昔みたいな、いかにもAIがネット上の情報をまとめましたー!みたいな記事でもない。

なのに、

なんかAIっぽい。

なんだろ?

言葉かな?
文章がキレイすぎるのかな?
僕の変な言い回しが足りない?

そんなことを思いながら
ChatGPTが書いた記事をWordPressへ貼り付けて
いつものように自分で直していました。

そしたら気づいたんです。

文章じゃない。

改行だ。

改行を直しただけで
急にいつものTakeログっぽくなったんです。

え?

AI記事っぽさって、改行だけでもこんなに変わるの?

ちょっとびっくりしました。

ChatGPTの記事は全部同じ間隔でキレイすぎる

ChatGPTが書いてくれた記事をWordPressへ入れてみると
文章自体はかなり良かったんです。

でも画面を見ると、

文章。

1行空く。

文章。

1行空く。

また文章。

1行空く。

ずーっとこれ。

全部同じ。

キレイなんですよ。
きれいに整列している。

でも読んでいると
なんか単調なんです。

僕の記事って、そんな書き方してないんですよね。

同じ話をしているところは
何行かそのまま続く。

急に、

「え?」

とか入る。
そこは空く。
また話が続く。
今度は、

まじ?

みたいな一言だけ
ポンっと置かれる。

長い文章が続くところもあるし
短い文章が縦に続くこともある。

つまり、
バラバラ。
でも、そのバラバラが
僕の記事のリズムだったんです。

改行を直したら文章をほとんど変えていないのに違和感が消えた

今日もChatGPTに記事を書いてもらいました。
僕がWordPressへ入れる。

見てみる。

やっぱり、全部1行空き。
なので直します。

ここは同じ話だから詰める。
ここも詰める。
ここは一回空ける。

この一言は目立たせたいから
前後を大きく空ける。

ここは短い文章を続ける。

そんな感じで改行だけ変えていきました。

すると、

あれ?

文章そのものは
ほとんど変えていないんですよ。

でも見た目が
いつもの僕の記事になった。

AIっぽい違和感もかなり減った。

これ面白いな、と。

AI文章を自然にするというと
言葉を人間らしく変えるとか
語尾を変えるとか
体験談を入れるとか。

もちろん、それもあると思います。
でも僕の場合、

まず改行だった。

文章って内容だけじゃないんだな

ここで思い出したのが
昔やっていたDTPの仕事です。

DTPって
簡単に言えばパソコンで印刷物を作る仕事なんだけど
僕がやっていたころは
写植時代の組版を見本にすることもありました。

文字って、
ただ並べればいいわけじゃないんです。

文字の大きさ。
字間。
行間。
1行の長さ。
段落と段落の間。
見出しとの距離。

同じ文章でも
この設定で見え方が全然違う。

たとえば行間が狭すぎたら
ギュッとして読みにくい。

広すぎたら
今度は文章がバラバラに見える。

つまり昔から、

文章は「何を書くか」だけじゃなく「どう見せるか」も大事だった。

そうだった。
忘れてた(笑)

漫画の吹き出しだって文字を読むために工夫されている

そういえば漫画もそうなんですよね。

漫画の吹き出しでよく使われる文字には
アンチゴチという組み方があります。

ざっくり言うと、

漢字はゴシック系。

ひらがなやカタカナは
アンチック系。

これを組み合わせる。
漫画を読む人は
いちいち、

「おお、この漢字はゴシックで、かなはアンチックだ!」

なんて思わない(笑)
普通に読んでいます。

でも、その普通に読める裏で
昔から文字の見せ方が考えられている。

だから僕が、
文章が同じなら見た目なんてどうでもいい
と思う方がおかしかったのかもしれません。

Web記事も結局は組版だった

紙からWebになった。
写植からDTPになった。
今はWordPress。

さらにAIが文章を書く。

ものすごく変わったように見えるけど
読んでいるのは人間です。

文章を見る。
目で追う。
一回止まる。

続きを読む。

そこは変わっていない。
だったらWeb記事にも、

読むリズム

があって当然なんですよね。
文章が続いているところは
視線もそのまま流れる。

大事な一言の前に空間があれば
そこで目が止まる。

見出しが入れば
話が変わったと分かる。

囲み枠があれば、
「ここ重要なんだな」と分かる。

これ全部、
見た目で読ませている。

なんだ。

記事装飾って
ただ記事をかわいくするだけじゃないんですね。

僕の記事で全部1行空きにすると僕じゃなくなる

今回これが一番面白かったです。
ChatGPTに、

「僕っぽく書いて」

と言って、
言葉だけ僕っぽくしてもらったとしても
改行が全部同じだったら、
やっぱり僕っぽくない。

逆に、
文章はChatGPTが書いたものでも

僕の記事みたいな改行へ直すと
かなり僕っぽくなる。

ということは、

文体って言葉だけじゃないんだ。

「え?」

とか、

「まじ?」

とか、

「(笑)」

を入れれば僕になるわけじゃない。

それを、

どこに置くのか。
前後をどれだけ空けるのか。
その前は文章が詰まっているのか。
急に一言だけ出てくるのか。

そういうものまで含めて
文章のクセなんでしょうね。

見本を見せたらChatGPTも急に分かるようになった

これも今日分かったこと。
僕がChatGPTに、

「余白多すぎ」

と言う。
直してもらう。

今度は全部詰まる。

いや違う(笑)

「全部1行空きだから単調」

と言う。

また直してもらう。

でも、
なかなか僕が言いたいことが伝わらない。

そりゃそうですよね。
僕自身、
自分の記事の改行ルールなんて説明できないんだから。

そこで、
実際に公開しているTakeログの記事を
何本か見本として渡しました。

これ見て。

すると、
同じ話題では詰まっている。

急な一言では大きく空いている。
長い説明もある。
短文が続くところもある。

余白が全部同じじゃない。
と、特徴を分解してくれた。

それだよ!

となりました。

長いプロンプト書くより
見本見せた方が早かった(笑)

クリスマスデザインでも同じことが起きた

そういえば、
これ最近もう一回ありました。

WordPressの記事を着せ替える
クリスマスコーデをAIに作ってもらっていたんです。

最初のデザインを見る。

キレイ。
冬っぽい。
北欧っぽい。

でも、

これクリスマスか?

となる。

何度直しても
なんか違う。

そこで実際のクリスマスデザインを
いろいろ見ながら考えた。

赤。
緑。
白。
ゴールド。
ヒイラギ。
オーナメント。
ツリー。
プレゼント。

みんな普通に使っている。
当たり前なんです。
クリスマスなんだから(笑)

そこで、

クリスマスを新しく発明しなくていい
ということに気づきました。

文章の改行も同じ。

言葉で、

「自然に」
「人間っぽく」
「僕っぽく」

と伝え続けるより、

見本を見せる。

こっちの方が早い。

プロンプトを覚えない代わりに「見本」が大事なのかもしれない

僕はChatGPTを使うとき
毎回長いプロンプトを書いていません。

普通に、

「これどう?」
「なんか違う」
「ここ直して」
「こっちの方がよくない?」

と話しています。

それでもかなりいろんなことができます。

記事も書く。
ツールも作る。
デザインもする。
LPも作る。

でも、
言葉で伝えにくいものが出てきたときは

見本が強い。

このデザインが好き。
こういう改行が好き。
この文章の感じ。
このレイアウト。

実物を見せて、

「なぜこれがいいの?」

をAIに考えてもらう。

なるほど。

僕は難しいプロンプトを覚えない代わりに、

見本でAIを育てているのかもしれない。

AIっぽい文章を直すなら全部書き直さなくてもいい

AIが書いた記事を見て、

「AIっぽいな」

となったとき

全部自分で書き直す必要はないと思います。

僕もそんなことしたくない(笑)

せっかくAIに書いてもらったのに
全部書き直したら時短にならん。

まず文章を読む。

自分ならこんな言い方するかな?

ここはどう?

そして、

見た目も見る。

改行。
余白。
段落。
見出し。
太字。
箇条書き。

もしかしたら文章そのものじゃなく
そっちに違和感があるかもしれません。

今回の僕がそうでした。

装飾が大事な理由もやっと分かってきた

僕は最近、

AIちいちゃんクローゼット

というWordPress記事装飾のサイトも作っています。

WordPressの記事を
服みたいに着せ替える。

そんなことをやっています。

最初は、

かわいくなる。
おしゃれになる。

そういうところに目が行っていました。

でも今は少し違います。

装飾は文章を読ませるためにもある。

見出し。
囲み枠。
余白。
文字。
色。
ライン。

全部が読者の視線に関係する。

だから、

ただ派手にすればいいわけじゃない。
全部に枠を付ければいいわけでもない。
色をたくさん使えばいいわけでもない。

文章と装飾を合わせて
ひとつの記事になる。

今作っている
AIちいちゃんクローゼット
でも、ここはかなり大事にしていきたいと思っています。

AI記事っぽさを消すために「人間らしい文章を書け」は必要なかった

今回、
僕の中で一番大きかったのはこれです。

AI記事っぽい。

じゃあ、

「もっと人間らしく書いてください」

とプロンプトを書く。

それもひとつの方法でしょう。

でも僕の場合は、

改行を自分の記事に合わせただけ。

それでかなり違和感がなくなりました。

考えてみれば当たり前です。

人それぞれ、

話すテンポが違う。
言葉を止める場所が違う。
笑う場所も違う。
文章だって同じ。

だったら、
AIに「人間らしく」と言うより

「僕ならここで止める」

を入れた方が僕になる。

人間らしい文章じゃなくて、

自分らしい文章。

こっちなんでしょうね。

AIで文章を書くなら、最後は自分の目で見る

僕はこれからも
ChatGPTに記事を書いてもらいます。

だって速いもん(笑)

タイトル。
見出し。
SEO。
説明。

僕が苦手なところを
かなりやってくれる。

でも最後は自分で見る。

内容は合ってる?
僕ならこう言う?

そして、

見た目は僕の記事になってる?

ここまで見る。

文章が苦手だった僕が
まさかAIの改行にダメ出しする日が来るとは
思いませんでしたけどね(笑)

僕がAIとブログを書くときの考え方は、
できた!AIブログ
にもまとめています。

難しいプロンプトを覚えて
完璧な記事を書かせるというより

自分の経験を話す。
AIに形にしてもらう。
見る。
違ったら直す。
見本も見せる。
その繰り返しです。

そして今日またひとつ分かりました。

文章って、

書いてある内容だけじゃない。
見た目まで含めて文章なんですね。

DTPをやっていたころは
当たり前にやっていたのに。

今さら気づきました(笑)

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