今日、ちょっと面白いことに気づきました。
僕はChatGPTにブログ記事を書いてもらっています。
タイトルを考えてもらったり。
見出しを考えてもらったり。
記事を丸ごと書いてもらうこともあります。
今日も記事を書いてもらいました。
そしてWordPressへ貼り付けて、読んでいたんです。
すると、
「ここ空きすぎ」
「ここはつなげた方がいい」
「ここで一回止めたい」
と、僕が文章を直していました。
そこで、
あれ?
と思ったんです。
僕、文章を書くの苦手だったよね?(笑)
それなのに今、
AIが書いた文章を見ながら、
「僕ならこう書く」
って直してる。
いつの間にか、
AIに文章を書いてもらう側から、
AIの文章にダメ出しする側になっていました(笑)
僕はもともと文章を書くのが苦手だった
僕は昔から文章が得意だったわけではありません。
本をたくさん読むタイプでもない。
学校の勉強が得意だったわけでもない。
ブログを始めたころなんて、
何を書けばいいのか分からない。
書き始めてもまとまらない。
そもそも、
文章ってどう書くの?
そんなところから始まっています。
だから昔、
ドリームライティングという教材で文章の書き方を勉強しました。
あれから約10年。
そのころのことは、
ドリームライティングとは?中卒で文章が苦手だった僕が約10年前に学んで変わったこと
にも書いています。
当時の僕からしたら、
まさか10年後、
AIが書いた文章を直している
なんて思わなかったでしょうね(笑)
ChatGPTなら文章が苦手でも記事を書ける
今は本当に便利です。
昔なら、
白い投稿画面を開いて、
さて。
何書こう。
ここで止まっていました。
今はChatGPTに、
「こんなことあったんだけど記事になる?」
と話せます。
すると、
「それ記事になるよ」
となる。
タイトルを考える。
見出しを考える。
必要なら検索キーワードも調べる。
そして文章まで作ってくれる。
僕みたいに文章を書くのが苦手だった人からすると、
これはかなり大きいです。
だって、
最初の真っ白がなくなる。
とりあえず文章がある。
これは本当に楽になりました。
でも。
ここからなんです。
ChatGPTが書いた文章なのに「自分っぽくない」
ChatGPTが書いた文章を読むと、
ちゃんとしているんです。
日本語も変じゃない。
話もまとまっている。
僕が書くよりキレイだったりする。
でも読んでいると、
なんか違う。
となることがあります。
言っていることは合っている。
間違ってもいない。
でも、
僕っぽくない。
これ。
たぶんChatGPTでブログ記事を書いたことがある人なら、感じたことがあるんじゃないかな。
キレイなんだけど、
自分の文章じゃない。
特に僕の場合、
分かりやすかったのが、
改行でした。
AIの記事は改行が多すぎた
ChatGPTに記事を書いてもらうと、
短い文章。
空白。
短い文章。
空白。
みたいになることがありました。
最初は、
読みやすいのかな?
と思っていたんです。
でもWordPressへ貼り付けてスマホっぽい幅で見ると、
空きすぎなんですよね。
文章がブツブツ切れる。
ずっと下へスクロールしないといけない。
僕の記事って、
そこまで空けないんです。
同じ話をしているところは、
もう少しくっついている。
でも、
「え?」
とか、
「でも。」
とか、
ここで読者に一回止まってほしい。
そんなところは空ける。
今日もAIが書いた記事をWordPressへ貼って、
僕が改行を直していました。
ここは詰める。
ここも詰める。
ここは空ける。
これは一行で置く。
そんなことをやっていて、
ふと思ったんです。
文章が苦手だった僕が、文章のリズム直してるじゃん。
(笑)
昔なら「文章が書けない」で止まっていた
これって、
自分の中では結構大きな変化なんですよね。
昔の僕だったら、
文章が書けない。
だから勉強する。
文章の書き方を覚える。
うまく書けない。
また止まる。
だった。
でも今は、
最初の文章はAIが作ってくれる。
僕はそれを読む。
違うところを直す。
この順番になりました。
ゼロから文章を作るのと、
すでにある文章を読んで、
「ここ違う」
と判断するのは、
全然違います。
僕はゼロから作るのは苦手でも、
違和感には気づける。
ここ、
最近AIを使っていて何度も出てくるんです。
デザインでも同じことが起きていた
ちょうど今日、
WordPressの記事を着せ替えるためのクリスマスコーデも作っていました。
AIにデザインしてもらう。
ちゃんとできる。
キレイ。
冬っぽい。
北欧っぽい。
でも、
クリスマスか?
となる。
そこで、
「なんか違う」
と言う。
また作ってもらう。
まだ違う。
さらに直す。
結局、
クリスマスコーデは完成しませんでした(笑)
でも、
なぜ違うのか考えた結果、
クリスマスは赤・緑・白・ゴールド。
ツリー。
ヒイラギ。
オーナメント。
そういう、
誰が見てもクリスマスだと分かるものを無理に避けなくていい。
というデザインルールまでできました。
文章と一緒なんですよね。
最初から僕が完璧なものを作れるわけじゃない。
AIに作ってもらう。
見る。
なんか違う。
そこから、
自分が本当はどうしたかったのかが見えてくる。
ChatGPTで自分らしい文章にするのも同じだった
ChatGPTで自分らしい文章を書く方法というと、
「自分の文体を詳しくプロンプトに書きましょう」
みたいな方法もあります。
それもできると思います。
でも僕の場合は、
最初から、
「僕の文章とはこういうものです」
なんて説明できませんでした。
だって、
自分では普通に書いているだけだから。
どこが特徴なの?
分からない(笑)
でもAIの記事を読んでいると、
分かるんです。
これは僕じゃない。
言葉がキレイすぎる。
こんな言い方しない。
ここでそんな説明しない。
改行が多い。
ここはもっと突然言う。
この(笑)は残したい。
そうやって直していく。
すると、
逆に、
自分の文章ってこういう感じなんだ
と分かってきます。
AIに自分の文章を教えてもらっているようなもの
これ、
なんか変ですよね。
僕がAIに文章を教えるはずなのに、
AIが違う文章を書くことで、
僕自身が自分の文章を知っていく。
AIがキレイにまとめる。
僕が、
「いや、そこキレイにしなくていい」
と戻す。
AIが説明を足す。
僕が、
「そこは一言でいい」
と削る。
AIが段落を細かく分ける。
僕が、
「そこ同じ話だからつなげて」
と直す。
この繰り返し。
だから最近、
ChatGPTで自分らしい文章を書くって、
AIに最初から100%自分を再現させることじゃないのかもしれないと思っています。
AIが作った文章を見て、自分の「好き」「嫌い」を見つけていく。
それでもいいんじゃないかな。
ChatGPTの記事をそのまま公開しない理由
僕はAIにかなり記事を書いてもらっています。
でも、
基本的には一度WordPressへ入れて読みます。
そこで直す。
なぜなら、
AIが間違っているから、
だけではありません。
僕の記事にするためです。
僕の体験なのに、
僕が言わない言葉で書いてあったら変です。
僕なら笑うところなのに、
急に立派な結論になっていたら変。
昔の失敗談なのに、
成功者みたいにキレイにまとめられても違う。
ブログって、
情報だけなら他にもいっぱいあります。
特に今はAIがある。
同じような説明記事なら、
いくらでも作れます。
だからこそ、
僕の記事には、
僕が経験したこと。
そのとき何を思ったか。
失敗したこと。
勘違いしたこと。
「え?」
と思ったこと。
そういうものを残したい。
AIっぽい文章を全部消す必要もないと思う
逆に、
AIが書いた感じを全部消そうとも思っていません。
ChatGPTの方が説明がうまいところはあります。
僕が、
「こんな感じ」
としか言えないものを、
ちゃんと整理してくれる。
SEOを考えて見出しを足してくれる。
僕が抜かしていた説明も追加してくれる。
そこは使えばいい。
全部僕が書く必要もない。
全部AIに任せる必要もない。
得意なところを分ければいい。
僕は、
経験。
本音。
違和感。
アイデア。
ChatGPTは、
整理。
説明。
タイトル。
見出し。
SEO。
最近はそんな役割分担になっています。
文章が苦手でも「これ違う」は分かる
文章が苦手な人ほど、
AIが書いた文章を見て、
「自分には直せない」
と思うかもしれません。
でも、
難しく考えなくてもいいと思います。
文章技術として正しいかどうかじゃなくて、
「自分ならこう言わない」
これでいい。
僕も、
「この文法がおかしい」
なんて直しているわけじゃありません。
ここ空きすぎ。
この言い方しない。
ちょっと立派すぎる。
これは残したい。
それだけ。
それを何度もやっているうちに、
ChatGPTも少しずつ僕の書き方へ近づいてきました。
完璧ではありません。
今日も直しました(笑)
でも、
最初のころよりはずっと少なくなっています。
「文章を書く」から「文章を選ぶ」へ変わった
AIが出てきて、
僕にとって一番変わったのはここかもしれません。
昔は、
自分で文章を作る。
だった。
今は、
AIと文章を作って、自分で選ぶ。
になりました。
この言い方好き。
これは違う。
ここは僕の経験を足す。
この説明はAIの方が分かりやすい。
それを組み合わせる。
ゼロから全部書く必要がなくなったことで、
文章を書くことへのハードルがかなり下がりました。
そして気づいたら、
文章を書くのが苦手だった僕が、
AIの記事に、
「ここ違う」
と言っている。
なんか面白いですよね。
昔の自分にChatGPTがあったらどうなっていたんだろう
たまに思います。
僕が最初にブログを始めたころに、
ChatGPTがあったらどうなっていたんだろう。
たぶん、
めちゃくちゃ使っていたと思います(笑)
文章が書けない。
じゃあ話す。
AIが文章にする。
違ったら直す。
また話す。
今みたいなやり方をしていたかもしれません。
でも、
昔ドリームライティングを勉強したことも無駄だったとは思っていません。
あの経験があるから、
今、
「ここ違う」
と感じられる部分もあると思う。
昔学んだこと。
自分でブログを書いてきた経験。
そして今のAI。
全部つながっているんでしょうね。
AIブログって「AIに全部書かせる」ことじゃないと思う
僕が作っている、
できた!AIブログ
でも、
ここはかなり大事にしています。
AIに全部丸投げして、
一瞬で100記事作ろう。
という話ではありません。
自分の経験。
昔の失敗。
好きなこと。
「こんなのやりたい」
そういうものをAIに話す。
形にしてもらう。
見る。
違ったら直す。
また話す。
そして、
自分の中にあったものが形になる。
それが、
僕の中の、
「できた!」
です。
だから、
文章を書くのが苦手でもいい。
難しいプロンプトが書けなくてもいい。
まず、
自分の話をしてみる。
AIに作ってもらう。
そして、
「これ僕っぽい?」
と読んでみる。
違ったら、
直せばいい。
僕もずっとそれをやっています。
AIとブログを作る僕なりの考え方は、
にもまとめています。
文章が苦手だった僕は、今も文章が得意なのか分からない
で。
結局、
僕は文章が得意になったのか?
と言われると、
よく分かりません(笑)
今でも、
真っ白な画面に、
「はい。1万文字書いてください」
と言われたら嫌です。
でも、
自分の経験を話すことはできる。
AIが文章にしてくれる。
そして読めば、
「これは違う」
が分かる。
だったら、
それでいいんじゃないかな。
文章を書く方法そのものが、
昔とは変わったんだと思います。
文章を書くのが苦手だった僕が、
AIの記事を直す側になっていた。
今日、
改行を直しながら、
初めて気づきました。
昔の僕が見たら、
たぶん、
「お前が文章直してんの?」
って言うでしょうね。
僕もそう思います(笑)
